ホテル イル・パラッツオ

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2019.02.25(月)

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talk’n about TRUE WEDDING vol.02 小林さやか

田中 ビリギャルからは想像できない、素敵な大人って感じですね。

小林 しっかり大人ですから(笑)。といっても慶応に入ってから、またギャルに戻りましたけどね。本はそこまで書いてないから、皆さん知らないと思いますけど。だって受験勉強で我慢してましたから(笑)。遊び過ぎるぐらい遊んで、ほんとめっちゃ楽しくて。でもちゃんと理由があるんですよ。大学に行くとき恩師の坪田先生から「さやかちゃんは人のことが大好きだから、人とたくさん出会っておいで」って言われたんですけど、それを私めっちゃプラスに捉えて、遊びもサークルもバイトもいろんな人と会うためになんでも一生懸命にやったんですね。サービス業の面白さに目覚めたのも、下北沢の居酒屋でバイトしたことがきっかけでした。

田中 そこからウエディングプランナーを目指すまでに、何があったんですか?

小林 プランナーを目指したのは、居酒屋のみんなに負けたくない、と思ったから。というのも、そこがとてつもなく人気のある店で。昨日来たお客さんが今日も来ているっていうのが、すごく気になってたんです。メニューも雰囲気も一緒なのに、なぜ毎日来るんだろうって。ある時分かったんです。スタッフとお客さんが対等なんです。店全体がまるでひとつの家族。来てくれてめっちゃ嬉しいってスタッフが言うと、それが嬉しくてお客さんも毎日、スタッフに会いに来ちゃうっていう。その関係性とライブ感がすごく楽しくて。洗い場からお客さんとスタッフの厚いやり取りを目にする度に感動で涙がでちゃうんです。その頃ですね、この店の人たちに負けないぐらい自分もサービス業を極めたいと思ったのは。それじゃサービス業の最高峰って何だろうって考えた時に浮かんだのが、ウエディングプランナーという仕事だったんです。

田中 2度とこない非日常の時間である結婚式に携わるのがウエディングプランナーですもんね。実際にプランナーになられていかがでしたか?

小林 自分に合っていると思ったし、当時の私は自分が一番いいプランナーだとうぬぼれてました(笑)。でも、働いていた結婚式場がとにかく制約が多くて。1つのチャペルに3つの披露宴会場という複雑な作りの建物だったので、新郎新婦同士が鉢合わせしちゃうようなリスクが常にあって、段取りには苦労しました。その中で、こんな苦い経験をした記憶があります。あるお客様からチャペルの大階段でお見送りをしたいというご要望があったんですね。でも建物の構造上、それを叶えるには他の会場と段取りをきっちりと合わせないといけない。私は、それぞれのプランナーに丁寧に了解を取り付け段取りを組んだのですが、直前にNGになってしまいました。複数の会場を抱え、複数の式を施行しなければならない専門式場の課題を浮き彫りにするような経験となりましたが、新郎新婦からすれば関係のないことですからね。やっぱり大階段でお見送りしたかっただろうなって、今でも思い出すと悔しくなります。

田中 そうですね、会場側の都合を新郎新婦に押しつけるのは、辛いですよね。僕らも「本当にいい結婚式」って何だろうということをみんなで考え、一からすべてを見直しました。そして辿り着いたのが「結婚式を1日1組限定」にするという究極の選択。『TRUE WEDDING』と掲げているのですが、恐らくホテルの規模でこの取り組みは他にあまり例がないと思います。1日1組に限定することで式も披露宴もお客様が望む時間に始めることができ、さらに料理や演出、装飾や時間まで、通常結婚式の常識とされることも完全ゼロベースで考えてもらうことができるようになりました。最近、披露宴を5時間くらいしたいというお客様がいらして「10時間でもいいですよ」というと、かなり驚かれました(笑)。

小林 いやいや5時間もすごいですけど、実際やるとなると打ち合わせの数もすごいことになりますね。

田中 打ち合わせの回数にも制限は設けていません。お客様が納得できるまで何回でもウエルカムです。また、施工件数を制限することで、1件1件により集中することができるようになり、プランナーやシェフ、サービススタッフ全員がチームとなって新郎新婦と向き合い、応援できるようになりました。しかも、僕ら自身の大幅な負担減にも繋がっています。プランナーをはじめとするスタッフが「いい結婚式を実現したい」という熱い思いを持ち続けられる夢のある職場にしたいんです。

小林 スタッフが健全で幸せじゃないと本当の意味での「いい結婚式」は実現できないと、私も思います。スタッフが疲れていたり心がすさんでいると、間違いなく顔に出ますし、ただでさえ普通ではない状況の新郎新婦の不安が大きくなってしまいます。まずは会社が「この仕事大好き」っていう環境を作ってあげて欲しいですけど、既にイルパラさんは実現しているんですね。

田中 僕ら自身で未来のスタンダードを創るという思いがあります。働き方改革やAIによる変化の波が押し寄せているこのタイミングで、結婚式も今まさに変化している過渡期だと捉えています。表面的に華やかでユニークな結婚式も多くなりましたが、僕らは見た目やスタイルだけでは得られない、真の意味での満足や感動を追及し、本質的に価値のある結婚式を増やしたいと取り組んでいます。結婚式そのものがゴールではなくて、結婚式を機会に、関わるすべての人生を豊かにしたいんです。そうすることで結婚式そのものの価値を高め、結婚式はこんなに自由で面白いものだという価値観を広めていきたいと思っています。それを実現するにはプランナー個人の思いも大切だと思うのですが、小林さんにとって「本当にいい結婚式」を実現するために、プランナーには何が必要だと思いますか?

小林 ご縁のあった新郎新婦を心から好きだと思えることと、喜びを分かち合えるピュアな気持ちを持ち続けられることですね。実は私、お客様を式場に案内している時に、新婦のお父さんのこととかご家族についてお話をしていて泣いたことが何度もあります。それも新規のお客様で(笑)。その時に私の方からよくお話しさせてもらうのが、結婚式の始まりの話です。起源はヨーロッパの儀式で、お父さんが新婦と一緒に新居に行く道があって、それがバージンロードの始まりなんだよ、とか。それで、お父さんは新居には上がらずそのまま帰っていくしきたりになっていて、これを機に新郎との新しい人生が始まるんだよ、とかいう話をしているうちに、新郎新婦と一緒に号泣しちゃうんです、いっつも。嘘泣きでも演技でもなく、いい結婚式を必ず挙げさせたいと思うと自然と熱が入っちゃうんですね。

田中 今さらですけど、結婚式って一大イベント。人生の大きな節目です。大量生産型の結婚式が多い中、本来の価値を多くのお客様に知って欲しいし、自らがその主人公となって欲しいですよね。

小林 結婚式を挙げないっていう人もいますけど、ずっと結婚式に携わってきた私からすればそれはものすごくもったいない事だと思います。私のお客さんの中には「喧嘩する度に式で流した動画を一緒に見るんだ」という方もいます。結婚式はただの通過儀礼やお祭りではなく、将来の自分や家族への財産です。小さくてもいいし、2人でもいいので、ぜひ挙げて欲しいですね。

田中 結婚式には良くも悪くも固定観念が強い。その中で、やらないという選択も全然あり得る。だけど、人生で交わった人たちが集い、過去と今と未来をつなぐ、稀有な財産を損ねるもったいなさもあると思う。そのためには、会場側ももっと自由なスタンスでいた方がいいですね。例えば、会費制の結婚式やテラスを使ったカジュアルな披露宴、親族のみのパーティー、1・5次会など、いろんなスタイルがあっていいと思うんです。

小林 イルパラさんのあのランウェイスタイルのチャペル、いいですよね。最近は講演のお仕事が多くて、プランナーの仕事が出来てないんですけど、今日いろんなお話をさせていただいて、またプランナーの仕事がやりたくなってきました。

田中 ぜひ、お願いします。日本の結婚式の偏差値、一緒に上げましょう(笑)。

 


ゲスト:小林 さやか さん

1988年生まれ。愛知県出身。坪田信貴著「学年ビリのギャルが一年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」の主人公ビリギャル本人。小学校のとき、内気で友達となかなかうまく付き合えない自分にコンプレックスを持ち「自分のことをだれもしらないところにいきたい」という動機で中学受験をし、中高大学一貫の私立中学に入学。入学してすぐ勉強することを辞め、友達付き合いや部活に精を出したため、学力がみるみる低下し学年ビリに。素行も悪く学校では問題児扱いを受け、校長先生には「人間のクズ」と呼ばれたことも。中学3年のときに受けた無期停学のときの先生の対応がきっかけで大人に心を閉ざすようになる。高校2年の夏、母のすすめで行った塾の面談で恩師坪田信貴先生と出会い、慶応義塾大学現役合格を目指すことに。そのときの偏差値は全国模試で30以下。小学校4年生レベルの勉強からスタート。坪田先生と二人三脚での1年半猛勉強のすえ、慶応義塾大学総合政策学部入学。1年半で偏差値を40あげることに成功した。卒業後は大手ブライダル企業に入社しウエディングプランナーとして従事。自身も結婚をし、それを機にフリーに転身。現在は、全国への講演活動をしながら、自身でも学生や親向けのセミナー等の企画もしている。

オフィシャルブログ https://ameblo.jp/kobayashi-sayaka/

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